Embracing Solitude Vol.8: Usual place, special time|いつもの場所の、特別な時間

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あらゆる悲しみはパンがあれば少なくなる。

ミゲル・デ・セルバンテス

近所に家族で訪れるスペイン料理のレストランがあった。

過去形なのはそのレストランが移転してしまったからだ。営むご夫婦が醸したものだろう、そこで流れる時間はわたしたち家族にとって特別だった。最終日には感謝の意味を込めて花束を贈った。

喪失感と言ったら少し大袈裟だろうか。家族で大切な日に訪れるレストランの無い街はどこか寂しい、そう感じるようになった。そのことを通じて「レストランは人生の大切な記憶の一部を担う場所」になりうるのだと知った。

数年の時を経て、仕事で彼の地を訪れる機会に恵まれた。そこでようやくそのレストランを訪れることができた。そして、驚くべきことにお店の方がわたしのことを覚えていてくれたのだった。

最後のお客さんが引けたあと、色々な話をした。コロナ禍で過ごした時間、家族の話、そして新天地の状況など。その夜はまるで時間が巻き戻ったかのうような時間で、地方にいるのを忘れ、なんだか地元で過ごしている気分になった。

それはつまり、わたしの中で止まっていた時間が動きはじめ、あの特別な時間が流れ出したのだった。

いつか妻をこの場所に連れてきたいと思った。きっとわたしの意味するところを彼女ならわかってもらえると思うから。ここは私たちにとって、家族のレストランだったのだから。

その夜は、きっと今日と同じくらい忘れ難いものになるだろう。

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